7月17日海の日、恒例のよみあげ法要(投げ銭供養)を行ないました。
今年も暑い中たくさんのお参り、お手伝いをありがとうございました。
↓写真集↓
以下当日の流れ(など)です。
今年のお話は、岡山県立博物館の統括学芸員でいらっしゃいます中田利枝子先生に『柴田義董と四条派の人々』と題して約30分お話し頂きました。
このお寺を取り巻く歴史にも大変お詳しい中田先生。この投げ銭供養のことにも触れられ、みなさん興味深く頷きながら聞いていました。
御詠歌の奉納。今年は「瑠璃光(るりこう)」「庄田山朝日寺」「追弔和讃(ついちょうわさん)」の3曲を仏前でお唱えさせて頂きました。
以下3曲の詞です。
『瑠璃光』
あなとうと 瑠璃の光に もろびとの 罪も病も 消え果つるなり 南無薬師瑠璃如来
『庄田山朝日寺』
のちの世の 知遇をここに 庄田山 あさひの陰に 消ゆる露霜
『追弔和讃』
人のこの世は永くして 変わらぬ春と思えども
はかなき夢となりにけり あつき涙のまごころを
みたまの前に捧げつつ 面影しのぶも悲しけれ
しかはあれども御佛に 救われて行く身にあれば
思い患ろうこともなく 永久かけてやすからん
南無大師遍照尊 南無大師遍照尊
続いてお勤めの様子。 読経の中、ひとりひとりが焼香をされました。
過去帳の読み上げ。 今年も思いのこもった投げ銭がたくさん飛びっていました。
投げ銭供養の様子②
最後のお勤めの様子。 光明真言、大師寶号の声が堂内に。
今年もお盆を前に良い供養が出来たと思います。
今日この光景を見て改めて思ったこと。
「時代が急激に変化していく中で、実は人々の心はそんなに変わっていないのではないか!?」ということです。
時代の変化は仏事にも大いに及んでいます。特に、故人の弔い方も小規模化、「個」の傾向になびいて久しい昨今です。 ですが、この投げ銭供養は小さな子供からおじいちゃんおばあちゃん、そして親戚や友人知人も集まり合う「お互い様」の供養をする行事です。今日も大勢の老若男女がお参りされました。 つまりある意味では一見、時代に逆行していること(もちろん良い意味での逆行と思っております)に、呼応している人々は今なおたくさんいるということです。なので本質的には人々の思いは大して変わっていないのではないかと思うわけです。
最後に、今年初盆の新仏さまには、生前いろいろとお世話になった方ばかりです。改めて心よりご冥福をお祈り致します。ありがとうございました。
なお、今回の投げ銭供養の様子が取材を受けました。
(RNC西日本放送様、KSB瀬戸内海放送様、TSCテレビせとうち様、山陽新聞社様)
夕方のニュースや新聞で紹介されるとのことです。
人が亡くなるのは寂しいことですが、ニュースに取り上げられるほどに独特の供養の風習が今なお続いているという事実を厳粛に受け止めて、今後とも続けていけたらと思っております。